メリークリスマス!!
・・・には少しだけ早い今日この頃ですがいかがお過ごしでしょうか?
さて、過去の記事で私の娘が「現実」というものを少しづつ分かり始めてきた様子について記事にいたしました
あの記事を書いたのは夏真っ盛りの暑い季節だったでしょうか?
あれから夏が終わり、秋になり・・・。そして冬を迎えた今、娘の「現実的思考」が試される季節がやってきました。それは
「クリスマス」
です。子どもにとってクリスマスはとても楽しみな一日であるかと思います。美味しい物を食べて、パーティーをして、そして朝起きると枕元にはクリスマスプレゼントが・・・!?
さて、クリスマスプレゼントを枕元に置いているのは誰でしょうか??
それはサンタさん子どもの親なのです!!
残念ながら現代において、これがまごうことなき事実なのです
しかしながらサンタさんを信じている子どもたちの夢はなるべくは崩したくないもの
サンタさんは本当にいるのだ!!
そう信じている子どもたちも多いかと思いますが、本日は「サンタさんがいるかどうか?」という事に対する私の娘が持っている考えなどについて綴ってまいりたいと思います
本日もどうぞお付き合い願います
12月某日、その日は保育園でクリスマス会が行われたようです。そのため保育園からの帰り道の話題はクリスマス会の話でもちきりでした
娘「今日ね!クリスマス会があったんだよ!!」
私「そうなんだ!楽しかったー?」
娘「楽しかったよー!でね、本物のサンタさんが来たんだよ!」
私は心がほっこりしました。「本物のサンタさん」という言葉から読み取れる、娘がまだ「サンタさん」という存在を信じているという事に・・・
が、少しだけ違和感を感じたのは「本物の」という言葉。小魚の骨がのどに刺さったかのように「本物の」という言葉は私の心に少しの気持ち悪さを与えました。
「本物の」という修飾語ははっきり言って無駄な修飾語です。純粋に信じているのであれば「本物の」という言葉は出るはずがありません
そこで私は娘たちに、サンタさんが何故「本物」だったと思ったのか聞いてみる事にしました
私「なんで本物のサンタさんだってわかったの??」
娘は即座に答えました
娘「だってお友達も先生も全員そろってたもん!」
去年の保育園での記憶がよみがえります
年齢3歳で迎えた保育園での初めてのクリスマス会
そのクリスマス会でも当然の様にサンタクロースさんがやってきたようでした
私「サンタさんが来たんだね!凄いね!!」
そのように聞いたことを今でも覚えています
しかしその時の出来事を娘たちはこのように語っていました
娘「サンタさん、坂本先生だったねー!!」
残念ながら娘の目にはサンタクロースは写っておらず、そこに写っていたのは坂本先生だったそうです
つまりサンタさんというものは本当にいるのではなく、先生とかがするものだという疑念がここで少しでも芽生えたきっかけになります
さらに思い出が蘇ります
あれは今年の2月、これまた娘が3歳の頃の出来事です
2月の一大イベント、それは節分であり豆まきです
世間的には豆まきで鬼を演じる役回りと言えばお父さんと決まっているようで・・・
さて豆まきでお父さんが鬼を演じている時によく聞くあるある話が
子どもが鬼を怖がってギャン泣きする
という事。そんな話もよく聞いていたので、邪な心持ちであるという事は重々承知しながら、本気で子どもたちを泣かせる覚悟で豆まきに鬼として臨みました
鬼のお面!全身ヒョウ柄!
これはまごうことなき鬼!
しかし結果は散々でした
鬼として扉を開けたその刹那
娘「あっ!お父さんだ!」
私「違う!鬼だぞー!」
娘「お父さんみたいなそのお面被りたい!」
私「違う!これはお面ではなくお顔だー!」
娘「かぶりたいかぶりたいかぶりたいかぶ(略
何というか、私の娘は現実的な面があるのです
架空の存在、それこそサンタさんとか鬼とか・・・
普通に信じていれば
「サンタさんが坂本先生だった」
とか
「お父さんみたいに鬼のお面被りたい」
とか、そんな話が出てくるはずが無いのです
まあ、ある意味坂本先生だったり私の変装のクオリティーが低かったという可能性も無きにしもあらずかもしれませんが・・・
さて、そんな思い出が蘇ったところで、今年の保育園でのクリスマス会のサンタさんは「本物のサンタさん」であると娘たちが語った事については正直驚きを隠せないところです。ただ
お友達も先生も全員揃っていた
↓
だからサンタさんは友達や先生以外ありえない
↓
サンタさんは本物である
という数学的な論法で「サンタさんが本物」であったという解を導き出した娘たちの事を賢いと思う反面、若干サンタさんというものに対するとらえ方が歪んでいるような気がしないでもない今日この頃でした
しかしながら、そんな娘たちに「サンタさんは本物」であると思わせるほど完璧なサンタさんを演じた「とある誰か」には感心せざるを得ないところであり、これは外注だったのかとかいろいろと推測をしてしまう私も私でいろいろと歪んでいるような気がする今日この頃なのでした
おわり